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無題

2015年11月05日
今日はずっと新しい液タブのセットアップをしていました。
新しいソフトやデジタル機器を買うたびにトラブルを起こすのはどうにかなりませんかね。
パソコンも新しく買い換えるたびに、以前使っていたソフトをまた新しくインストールしなくちゃいけないし、さらにはパスワードを打ち込まなくちゃいけないし。そのまま簡単に引っ越せるようなシステムを早く誰か開発してくれませんかね。

あと、うちのパソコンはPCとディスプレイが一体型なのですが、液タブに接続するHDMIの入力端子がデスクトップパソコンへの入力だけで、デスクトップパソコンから液タブへの出力をしていないんですよね。
ちょっと待て、こらあ!
となりました。
そんな注意書きみたいなものはどこにも書いていなかったじゃないか。
幸いにも(?)市販の変換器を購入すれば、うちのデスクトップパソコンでも液タブが使用できることはわかりましたが、さらに追加で6400円も取られましたよ。

それ以外にも、ちょっとしたトラブルがあってワコムに電話をしたのですが、問い合わせが集中しているのかちっともつながりませんでした。それにしても、ワコムもワコムだと思うわけです。普通セットアップの流れみたいな書類が入っているはずなんですけど、そうした流れみたいなものはデフォルトで入っていないって……。
パソコン音痴の人が購入したらセットアップできないじゃないですか。

値段が高い割には、サービスが非常にいまいちなワコム製品。
ぜひともどこかの会社がワコムを追い抜くくらい優秀な液タブを出してほしいです。
■とあるギャルゲー騒動を見ての感想
 先月末に前々からちょっと気になっていた美少女ゲームが発売されました。
 その作品は明らかに他のギャルゲーと比べてもキャラの塗りも背景絵も抜群にすばらしいものでした。
 しかし、某サイトの一般の人たちの批評を見ると、どうも否定的な意見が多いです。

 なぜならメインヒロインの女の子が主人公を最終的に振ってしまい、自分の夢を選んでしまうかららしいです。
 つまり、主人公とヒロインが結ばれないという結末に怒っている人たちが多いようなのです。
 その感想の中でもおもしろかったのは、こんな内容です。
「ヒロインが主人公を振って夢を選ぶのがドラマや映画ならわかる。でも、これは美少女ゲームだ。主人公とヒロインが結ばれるのを楽しみにしているのに、結ばれないなんて許せない」

 作者がどういう気持ちで作品をつくったかはわかりませんが、確かに美少女ゲームは基本、主人公とヒロインとの恋愛を楽しむゲームです。寝取られものや陵辱ものではなく、あくまでも純愛ものにもかかわらず、ヒロインが主人公を振るなんてあまり例がないことでしょう。

 でも、前述した感想のように、これはドラマや映画ならよくある展開になります。
 けれども、美少女ゲームでは許されない、というところがおもしろいのです。
 つまり、純愛系美少女ゲームは主人公とヒロインは結ばれなくちゃいけない、というルールが存在するということになります。

 余談となりますが、純愛系美少女ゲームで昔、同級生2というゲームがありまして、メインヒロインが非処女であることに大炎上を起こした、という事件が起こりました。それ以来、純愛系美少女ゲームはどんなに外見がピッチに見えても、20代の未亡人の女性であろうとも処女というなんともおかしなルールができました。

 型とも言えるかもしれません。

■ルールや型
 例えば、自分は少年向けライトノベルを書いていましたが、少年向けライトノベルだと結構そういう型がありますよね。

・主人公の年齢は中学生~高校生ぐらいまでなければならない。
・主人公と同世代くらいの女の子がたくさん登場しなければいけない。
・主人公と女の子たちの間には恋愛要素がある。
・主人公は女の子よりも男の子である方がいい。
・百合はダメ。

 みたいな感じ?
 例えば、主人公が10代の男の子だとしても、ジャンプマンガのように女の子よりも男ばかりが出てきてもダメだし、大学が舞台にすることも許されないんですよね。
 あとはごちうさやゆるゆりのような女の子同士がのんびりと毎日を過ごす日常マンガが受けているからといって、少年向けラノベでそれをやろうとしてもたぶん許されません。

 同じようにジャンプでそれらをやろうとしても許されないでしょう。
 ジャンプマンガだとToloveるやニセコイのようなラブコメもありますが、主要は男ばかりが出てきてバトルを繰り広げるような物語ばかりです。
 進撃の巨人の作者が進撃の巨人の原型となった作品をジャンプに持ち込んだら、編集者から「ジャンプをもってこい」と言われたそうです。
 要するに、メディアや出版社などによって見えない型やルールみたいなものがあって、それを大きく逸脱するような作品は認められないわけです。
 だから、どこかの漫画家が「漫画家になりたいのなら自分のやりたいことをやるのではなく、自分が目指すべきの出版社の色に合わせた作品を書け」というようなことを言っています。

■どこで出すかが問題
 
 最初のゲームの騒動に戻したいと思います。
 ヒロインが最終的に主人公をふって、自らの夢を追いかけるというラストは恋愛映画やドラマならありでしょう。
 でも、純愛系美少女ゲームでは許されなかった。
 それでも10年以上昔の、美少女ゲームがいろんな作品があった頃なら許されたかもしれませんが、今や純愛系美少女ゲームは
女の子ときゃっきゃっうふふを楽しむだけの型みたいなものができあがってしまったので、その中でライターさんがこの展開をやったとしても受け入れてもらえなかったのではないかと思います。

 ラーメン屋さんでいくらおいしいハンバーグを出しても、客はラーメンを食べに来ているのでよろこんではくれないのです。中にはよろこんでくれる人がいますが、ごく少数でしょう。

 新しいラーメンとしてハンバーグをヒントにすることはいいとは思いますが、基本はラーメンでなければいけません。
 本格的なハンバーグを出したいのならハンバーグ屋で出した方が勝算はあるのです。

 なんでこんな話をするかというと、自分も似たような経験があるからです。
 作者本人の好みや作品の方向性がそのメディアの型にぴったりはまればいいのですし、あるいは器用に自分を型にはめることができるのならいいのですが、そうでなければ自分が最大限活躍できる場所を見つけたり、自分でつくったりしなくちゃダメなんじゃないか、と最近思います。
雑感
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