バラエティ番組『学校へ行こう!』が終わってしまいました。
この番組は開始当初はよく見ていました。特に好きだったのが「未成年の主張」でした。
学校の屋上から言いたいことを叫ぶのってめちゃくちゃ楽しそうでした。
自分の家のことをおもしろおかしく言ったり、恋を告白して振られたり、先生に文句を言ったり、なかなかおもしろかったです。
特に印象深かったのが、その学校でめちゃくちゃかわいい女子中学生が、そんなに格好良くない男の子に言った言葉でした。
ふたりは幼稚園からの幼なじみらしいのですが、テレビを見たとき、(失礼な話ですが)片や美少女、片や太めのずんぐりむっくりの男の子、あまりにも釣り合わないふたりにびっくりしていました。
その女の子が屋上から叫んだのは……。
「○○ー! もし○○が高校卒業までに恋人ができなかったら、このわたしが付き合ってあげるからー!」
ツンデレだ! ツンデレだ!
もうV6も学校もどよめいたどよめいた。
いやあ、その後がどうなったかは知りませんが、こんなライトノベルみたいなことが本当にあるんですね。
あれで男の子が何もしなかったら、ただのへたれです。
それにしても、高校生クイズもスタジオ収録になってしまい、バラエティが予算カットでつまらなくなっているのが残念です。
いや、借金ではなく、時間の話です。
最近は某方のおすすめで『プリズンブレイク』を見ています。
こちらは『24』と同じく連続ものなので、先が気になってついついどんどん見てしまうのが難点です。
さて、今日は『プリズンブレイク』の話ではありません。
この作品の主人公マイケル役のウェントワース・ミラーさんが休日の過ごし方について「僕は映画館や美術館によく行くし、いろいろな音楽もよく聴くよ。その経験がどこで役に立つかわからないしね」というような発言をされています。
先日も「非日常があたらしい発想をもたらす」というような発言をしましたが、やっぱり第一線で活躍している人は、そういうことを普段から実践しているんですね。
よくどこかの会社社長の特集などでも、「どんなに忙しくても必ず休日を取るようにしています」というような発言もされています。
休日を取るとしても、ただ家でごろごろとばかりしているんじゃなくて、外出していろいろと見て回るとよいようなのです。
好奇心をもって、いろいろなものに興味を持つと、想像力がいろいろとかき立てられます。
そう考えると、自分はいかに「がんばりすぎて逆に自分を追い込んできたのか」よくわかります。
なんかとってももったいない時間を過ごしてきた気がします。
>コメント
4日:コメントありがとうございます!!
正解です。でも、いろいろとつっこまれたくなくて、ちょっとイニシャルにしています。
あのライブ感は真似をしたくても、なかなかできないものだと思います。よく読み返してみると、回想シーンなどがほとんどなく、ひたすら場面が流れてるんですよね。
あのライブ感は、ドラマ『24』を思い出してしまいました。
ただ、主人公はもうちょっと自分の好きな相手を気にかけてもいいような気がしますが。
あまりにも凶暴なヒロインの面倒を見すぎているような気がしています(笑)。
最近、大人気ライトノベルのT先生『T(イニシャルです)』という作品を読みましたが、この作品はある意味すごいです。
少女マンガだとか、オタクネタが多いとか、そういう話をよく聞きますが、わたしは内容にはいっさい触れずに別の視点から述べてみたいと思います。
この作品のすごいところは、物語がつくられている感じがまったくしないところです。
小説なんかを書き慣れたり読み慣れたりしてくると、だいたいどういうふうにつくられているか読めてくるものです。
全体の設計図がなんとなくわかってきます。
でも、この作品はいっさいそういうところが感じられません。いや、多少は感じられるのですが、他作品にくらべるとほとんど感じられないのです。
だから、ものすごくライブ感があります。
例えば、なんの導入もなく、いきなりぽんぽんといろいろなキャラクターが出てきたり、キャラクターだけが知っている内容について話を始めます。
ある人物がある人物に恋をしていても、その理由や経緯はほとんど語られていません。
ふつうなら御法度の手法です。
ふつうは情報を整理して、読者が理解できるように順序立てて説明しますが、それらをこの作品はいっさいしていないのです。
理由も経緯もほとんど語られておらず、ただ「○○が好き」と言われても、本来ならほとんどこちらには伝わらずに物語にも説得力が持たせられません。でも、その違和感をこちらにほとんど感じさせずに、ちゃんとキャラクターが恋をしている感じが伝わってくるのです。
これはすごいことです。
当たり前のように登場人物がそこにいるわけです。現実の一部を切り取って、T先生独自のユーモアと誇張で語っているような、そんな錯覚にしてくれます。
ギャグもときどきものすごく古いのですが、逆に、だからこそ誰でも自分が高校生だった頃の気持ちが思い起こされます。
ものすごく荒々しい筆致だけれど、思春期のエネルギッシュなところが伝わってきます。
そりゃ人気も出るわ、って感じでした。
ええっと、タイトルは自分への自戒です。
「作家になるためには、本をたくさん読んでいた方がいいのか、それとも読まなくてもいいのか」というようなことが議論になります。
わたしは半ニート生活をしていた頃は、それなりに本はたくさん読んでいたつもりでした。
でも、投稿生活をする中で、結果としてはそんなに出ていませんでした。
そんな中、某出版社の編集の方にお会いしたときに、「あなたはただ本を読んでいるんじゃないですか?」というようなことを指摘していただきました。
確かに、わたしは本をただ読んでいました。本のみならず映画やアニメやマンガやゲームなどをただ何も考えずにボーッと浸って読んでいたわけです。
おいしい料理を出されたときに、ただ「おいしいおいしい」と食べていただけで、どういうふうに料理がつくられていたのか、なぜおいしく感じるのかまで考えていなかったんです。
それは作り手の読み方ではなくて、ただの読者として読んでいたわけです。
自分なりに分析などもしていましたが、どうも見当違いなことばかりしていた気がします。
知識としても小説創作のハウトゥ本を読んで、その内容を理解したつもりになっていても、全然作品に生かしていませんでした。
K先生やししょーや編集さんやその他の方々にいろいろと技術的なことや作品を見る視点を教えてもらったのに、今度は嫉妬や妬みから本を読まなくなる最悪さ……。
結局のところ、作家になるためには、たくさん本を読むことはいいことだけれど、無駄に読んだら意味がないってことなんでしょうね。
おいしい料理が出てきたら、どうしておいしくなるのかちゃんと分析した後、今度はそれを自分の料理に生かさなければいけないんですよね。
>コメント
2日:コメントありがとうございます!
気持ちはよくわかります。わたしも同じような理由で大学の文芸サークルなどには入りませんでしたし。
向上心が強くて「とにかくどこが悪いのか知りたい」という気持ちは大事だと思いますし、いろいろな人にアドバイスを求めようとしたのはわたしも同じです。
確かに的確に批評できる人というのは、「わかってる」人ではないと、なかなか難しいです。つまり、実際に活躍できているほどのレベルに達している人は、ちゃんといろいろなことがわかっているんですよね。
わたしもいまだにわかっていないことだらけで、毎回反省する日々です。
そんなわけで、自分を向上させるためには、ひとつはレベルの高い人をさがして師事することは必要だと思います。
よくスポーツ教室でも講師が一度プロとして頂点を極めた人はやさしく、しかも的確に指導してくれるけれど、成績が中途半端の人は叱るばかりで全然楽しくない、と言われますしね。
もうひとつは謙虚な姿勢になって、相手に感謝する度量を持つことだと思います。
作家志望の人は(自分もふくめて)自意識過剰になってしまいがちですが、相手の意見を謙虚な姿勢で聞いてみると、意外といろいろな発見があるかもしれません。
ただ、こういうネットの文章は、つい誤読されたり自分の都合のよいように読んだりしてしまうので、オフでも親しい人でなければ、誤解からケンカになってしまうのは仕方がないことでもありますが。
やっぱり一番は、オフで業界(というのも変な言い方ですが)で活躍されてる方と友達になって、いろいろと教えてもらうことだと思います。
最近ではめっきり精神論ばかり書いています。
でも、最近は本当にプロとして活動していくのは、気持ちの問題だと思うわけです。
いや、自分の話ではなく、他に活躍している人たちを見ての感想です。
例えば、知り合いの作家さんの某先生や某先生はどんどん本を出されていますが、そういう方は、気さくにわたしに「会いませんか?」と声をかけてくださいました。
そして、実際に会ってみると、とてもわたしの話を聞いてくれて、その上いろいろと盛り上げてくださいます。
うちのししょーもよく食事をおごってくださいますし、わたしの相談にもよく付き合ってくださいます。
けれど、それぞれの方々は、意欲も行動力もとてもあるし、自信にも満ちているけれど、決して偉ぶらずに謙虚な姿勢でいます。
とても相手のことをよく考えています。だからこそ、他人をよろこばせるような作品がつくれるのだと思うわけですよ。
いろいろとご苦労もされているだろうに、そういうところをあまり表立って見せないところは「ほへえ」って感じで尊敬してしまいます。
宮崎駿監督も「相手をよろこばせるために、作品をつくっている」というようなことを述べていました。
そういう前線で活躍されている方々の姿勢というのは、どこか共通しているところがあります。
ある分野においてオタクとも言えるほど専門的知識があったり、意外とのんびりとした性格をしていたり、でも仕事にはものすごくこだわりを持っていたり、読書家であったり、その他にも情報の集め方や物事の考えた方や前向きで謙虚な姿勢などなど……。
それを天才だからとか、自分とは違うからとか、自分は自分のやり方でやっていくとか、そういうふうに自ら溝をつくってしまうと、学べるものも学べなくなってしまうよな、と最近は作品に対する姿勢からあらためて直さなければいけないと思う今日この頃です。
もはや基本中の基本からやり直しというところです。